缶詰と聞いて、思い浮かべるのは「安価な保存食」「非常時の備蓄品」――そんなイメージではないでしょうか。静岡県掛川市の小さな工場「缶詰キッチン」で、子育てと仕事を両立するスタッフを中心に、一缶ずつ手仕事で仕立てられている自社ブランド「しずおかん」は、その先入観をそっと覆します。中身は、静岡の生産者が育てた食材。目指すのは、地域の一次産業に新しい価値と販路をつくること。缶を開けた瞬間から、心が少し弾む――そんな、一皿の料理としての缶詰です。
「しずおかん」という名前に込めた想い
事業の名称「缶詰キッチン」には、缶詰を単なる保存食ではなく、一つの「料理」として丁寧につくりたいという考えが込められています。そして自社ブランド「しずおかん」は、静岡の「岡」と缶詰の「缶」の形が似ていることから思いついた名前だといいます。静岡の一次産業や食材の魅力を一缶に込め、地域の外へ届けるという事業の目的が、最も分かりやすく伝わる名前として名付けられました。
電気工事の会社が、なぜ缶詰を
代表者は長年、電気設備工事を本業としてきました。50代を迎え、これまでとは異なる分野でも地域に貢献できる新しい事業に挑戦したいという思いが、次第に強くなっていったといいます。食品とはまったくの畑違い。それでも缶詰製造を一から学び、事業再構築補助金も活用しながら、製造設備と環境を整えて事業化に踏み切りました。
缶詰事業を具体的に構想し始めたのは、2023年12月31日。大晦日のことでした。現在は、静岡県掛川市の「缶詰キッチン」を拠点に、製造スタッフ7名、企画・販売などの運営スタッフ2名の体制で取り組んでいます。製造の現場を支えているのは、子育てと仕事を両立するスタッフたち。掛川の小さな工場で、一缶ずつ手仕事を重ねています。
きっかけは、大晦日のひらめきから
「しずおかん」のラインナップ
掛川市をはじめとする地域の一次産業は、人口減少などにより市場が縮小しています。農業や漁業に携わる方々の販路を少しでも広げるために、自分たちに何ができるだろうか――そう考えたことが出発点でした。地域の農産物や水産物を加工して新たな価値を付け、常温で時間や距離を越えて届けられる方法として辿り着いたのが「缶詰」でした。
決め手となったのは、やはり2023年12月31日。その日のうちに缶詰製造について調べ、缶の巻締機を扱う会社へ連絡したことが、事業の最初の一歩になったといいます。年の瀬に浮かんだひらめきが、静岡の食と人をつなぐ事業へと育っていきました。
缶詰への「先入観」を変えたい
生産者が時間と手間をかけて育てた食材でも、おいしさに見合う販路が限られていたり、形や大きさだけで十分な価値を付けてもらえなかったりすることがあります。一方で、缶詰には「安価な保存食・備蓄品」というイメージがあります。その両方に新しい価値を加え、生産者の食材を一皿の料理として届けたい――そんな想いから、「しずおかん」は生まれました。
「一皿の料理を、小さな缶に。」
この商品で一番伝えたい価値を一言で表すと、「一皿の料理を、小さな缶に。」。缶を単なる保存容器ではなく、一皿の料理を届けるための小さな器と捉えています。まだ世の中にない、面白く、大切な方に贈って喜んでいただけるクラフト缶詰。それが「しずおかん」の目指す姿です。
缶を開ける瞬間から、心が少し弾む時間を届けたい。そのままでも一皿の料理として楽しめ、少しアレンジすれば食卓での楽しみ方が広がります。忙しい日常の中での自分への小さなご褒美として、あるいは大切な方への贈り物として――食べる時間だけでなく、選ぶ時間や包みを開く時間まで楽しんでいただきたいという想いが込められています。
密封してからが、最後の仕上げ
缶を密封する、巻締めの工程
ものづくりで大切にしているのは、密封後の加熱殺菌までを「料理の最終工程」と考えることです。缶詰は、密封して高温で加熱殺菌する過程で、味や香り、色、食感が変化します。つくりたての味だけで判断せず、一定時間が経過した後に開缶して確認し、缶を開けたときに料理が完成するように設計されています。
ブランドとして譲れないのは、主役となる食材をしっかり使い、加熱殺菌後も素材の持ち味と料理としてのおいしさが伝わることです。効率や生産量だけを優先せず、下処理、調理、充填、仕上がりの確認など、必要な手仕事を省かないことを大切にしています。
静岡の素材を、一缶に
紅富士のソット・オーリオ、仕込みの様子
安定した品質と供給が可能な、静岡県産の素材を中心に選んでいます。「しずおかん」では、富士山の湧水で育った富士宮市産のブランドニジマス「紅富士」をはじめ、地域の農産物・水産物を使用。素材のおいしさだけでなく、生産者が継続してつくり続けられることや、新しい販路につながる可能性も大切にしているといいます。
食材の下処理、調理、缶への充填、密封、加熱殺菌、ラベル貼り、パッケージングまで、一部の機械工程を除いて人の手を大切にしています。加熱殺菌後の味・香り・色・食感を想定してレシピと工程を組み立てることこそが、缶詰ならではのものづくりです。
一缶ずつ、手で確かめる
最も神経を使うのは、密封後の加熱殺菌を経た状態で、狙った味・香り・色・食感に仕上げることです。たとえばオイル漬けでは、魚から出るドリップを一つずつ丁寧に取り除き、開缶時にオイルが濁らず、魚を取り出すときの感触まで心地よくなるよう仕上げています。見た目も含め、缶を開けた瞬間に「おいしそう」と感じてもらえることを大切にしているといいます。
効率化できる工程があっても、品質に関わる下処理や充填、仕上がりの確認は、あえて人の手で行う。子育てと仕事を両立するスタッフたちが、掛川の小さな工場で一缶ずつ向き合う――大量に作ることよりも、素材と向き合い、自分たちが納得できるものを届けることを、この工場は優先しています。
富士山と、贈答文化を映したパッケージ
手ぬぐい包みで届く「しずおかん」
静岡の農産物・水産物を、缶の中で一皿の料理に仕立て、常温で地域の外へ届けられる形にする。それだけでなく、富士山をモチーフにしたデザインや手ぬぐい包み、活版印刷を施した紙管など、日本のものづくりや贈答文化を感じてもらえるパッケージも用意されています。
活版印刷を施した、紙管のギフトパッケージ
富士山の湧水で育ったブランドニジマス「紅富士」をはじめ、地域の生産者が育てた食材を使用する「しずおかん」。食材を単に仕入れるだけでなく、その魅力を加工・料理・デザインによって伝わる形へ変え、新たな価値と販路を生み出すことを目指しています。静岡の食材、生産者とのつながり、そして掛川の工場で一缶ずつ手仕事を重ねるスタッフの存在が重なって、この土地から生まれる商品になっているといいます。
魅力を3つ挙げるなら
「しずおかん」の魅力を3つ挙げるとすれば、次の通りです。ひとつ目は、缶を開けてそのまま「一皿の料理」として楽しめること。ふたつ目は、静岡県産を中心とした食材の持ち味を、加熱殺菌後まで考えて丁寧に仕立てていること。そして3つ目が、中身だけでなく、手ぬぐい包みや紙管、ショッパーなど、贈る時間・包みを開く時間まで楽しめることです。
そのまま、アレンジも
リエットは、パンやクラッカーに
まずは缶を開けてそのまま味わってみてください。リエットはパンやクラッカーに塗り、ワインなどのお酒と合わせるのがおすすめです。ソット・オーリオはそのまま前菜として楽しむほか、パスタやサラダへのアレンジにも使えます。ニジマスの塩焼きは、ご飯やお酒のお供として楽しめます。
意外な楽しみ方として、販売先のスタッフから、リエットにオリーブオイルを混ぜてカナッペ風にする楽しみ方が提案されたこともあるといいます。ソット・オーリオをパスタやサラダに加えるなど、一缶を料理の素材として使うことで、食卓での楽しみ方はさらに広がります。
贈る人、贈られる人へ
お世話になった方への手土産、誕生日や記念日の贈り物、静岡らしい旅のお土産におすすめです。また、忙しい一日を終えた夜や休日に、自分をねぎらう小さなご褒美としても楽しんでほしいといいます。常温で持ち運びやすく、季節を問わず贈ることができます。
思い描くお客様像は、素材や作り手の背景を大切にし、価格だけでなく、どこで・誰が・どのようにつくったものかを知ったうえで選びたい方。日々の食卓を丁寧に楽しみたい方、大切な方へ物語のある贈り物を選びたい方、静岡や地域のものづくりを応援したい方に、手に取ってもらいたいと考えています。
「缶詰なのに1,500円」から始まる会話
展示会や販売の場で最初によく言われるのは、「缶詰なのに1,500円は高い」という言葉だといいます。そこで試食してもらい、素材、製造工程、手仕事、パッケージ、そして電気工事会社がなぜ缶詰事業を始めたのかまで話すと、「なるほど、それなら分かる」と納得してくれる方が多いそうです。「缶詰の概念が変わる」「魚臭さがない」「とてもおいしい」という言葉も、励みになっているといいます。
贈り物として選んでくれる方からは、味だけでなく、富士山をモチーフにしたデザインや手ぬぐい包み、紙管などのパッケージも評価されています。試食をきっかけに缶詰への先入観が変わり、他の商品にも興味を持ってもらえることもあるそうです。
「普通の料理」と「缶詰にしておいしい料理」は違う
開発・製造で最も苦労したのは、「普通に料理しておいしいもの」と「缶詰にしておいしいもの」は違うと分かったことでした。密封後に高温で加熱殺菌するため、できたてではおいしくても、味・香り・色・食感が変化します。試作直後だけで判断せず、時間が経過した後の状態も確認しながら、配合と工程を何度も見直して乗り越えてきたといいます。
象徴的なのが、チョコブラウニー缶です。焼き菓子を缶詰にすると、加熱殺菌によって硬くなったり、崩れたり、チョコレートの香りが弱くなったりすることがありました。素材や配合を何度も見直し、加熱殺菌後にも、しっとりとした食感とチョコレートの香りを楽しめる今の商品にたどり着いたといいます。ニジマスの商品でも、味だけでなく、開缶した瞬間の見た目まで考えて試作を重ねました。
これから目指す先
まずは自社ブランド「しずおかん」をしっかり育て、継続できる事業にすることが目標です。そのうえで、静岡県内のまだ十分に価値を伝えられていない食材にも対象を広げたいと考えています。また、「オーダークラフト缶詰事業」を通じて、生産者や企業、飲食店の商品開発を小ロットから支援し、地域食材の新しい可能性と販路をつくっていきたいといいます。
一缶をきっかけに、生産者、つくり手、地域、そして食べてくれる方がつながるブランドを目指す――商品を買ってもらうことだけがゴールではありません。生産者の市場が広がり、地域で働く人が無理なく力を発揮でき、お客様には食べる喜びや贈る楽しさが生まれる。そのすべてが次へとつながる事業にしていきたいと考えています。
受賞歴、そしてメディアでも
ギフトボックスに収められた「しずおかん」
「紅富士のリエット(赤)」は、おもてなしセレクション2026を受賞しました。また、「しずおかん」は『日経トレンディ』2026年6月号の「注目の商品・サービス11選」に掲載されています。
読者の方へ
まずは缶を開けて、そのまま一皿の料理として味わってみてください。缶詰という言葉から想像していたものとは、少し違う驚きがあるかもしれません。味わいだけでなく、静岡の食材、それを育てた生産者、そして掛川の小さな工場で子育てと仕事を両立しながら手仕事を重ねるスタッフのことまで感じてもらえたら嬉しいです。大切な方への贈り物にも、ご自身への小さなご褒美にも――ぜひ選んでみてください。
※「しずおかん」は、現在ENGAWA STOREオンラインストアではまだお取り扱いがございません。ENGAWA ASAKUSAにてご購入いただけます。