約100年前、金物製造業を営んでいた一人の男が、戦時中の大空襲によってすべてを失いました。その約100年後、彼の 玄孫にあたる人物が、土佐の鍛冶職人が打つ黒打ち包丁と出会い、事業を立ち上げます。京都・寺町京極商店街に店を構える「由宗刃物」は、そんな不思議な因果と縁から生まれたブランドです。
「由宗」という名に込められた、家族の物語
由宗刃物の名称には、創業者・田澤宏幸の家系にまつわる物語があります。高祖父の田澤由平は、約100年前に金物製造業を営んでいましたが、戦時中の大空襲によってすべてを失い、事業を畳まざるを得ませんでした。その約100年後、宏幸が包丁事業を立ち上げようとしていた際、母親から初めて、由平が「いつか事業を再興してほしい」という思いを遺していたことを聞かされます。同じ金物を扱う事業であることから、由平の名の「由」の一文字を受け継ぎ、意味合いの良い「宗」を組み合わせて「由宗」と名付けました。さらにその後、由平に関する古い文献を調べる中で、彼がもともと「鍛冶業」を営んでいたことが判明します。現在、由宗刃物が仕事のパートナーとしているのは、土佐を中心とする鍛冶職人たち。100年の時を経て、再び鍛冶と刃物の仕事につながったことに、不思議な因果と縁を感じているといいます。
京都から、土佐の刃物を届ける
高祖父・由平から引き継いでいる100年前の法被
鍛造作業の様子
由宗刃物は2020年、京都で土佐包丁の工場直営店として開業しました。現在は京都2店舗と奈良店を拠点に10名のスタッフが働くほか、土佐では10名ほどの鍛冶職人が包丁を鍛造しています。ENGAWA ASAKUSAでは、期間限定のポップアップとして土佐包丁の一部を展示販売しています。
中小企業支援の現場で見た、技術存亡の危機
創業者は製造業出身で、その後海外事業や中小企業支援に携わる中で、日本の中小企業や地域産業が持つ優れた技術が、後継者不足や販路不足によって失われていく現実を数多く見てきました。高知の刃物産業でも鍛冶職人の高齢化と後継者不足が進み、技術存亡の危機にあることを知り、「産地との協業により直接販売の仕組みを作ることで、この伝統技術を国内外に広め、職人と技術を残したい」と考えたことが、由宗刃物を始める大きなきっかけです。
黒打ち包丁との出会いから
高知の鍛冶職人が作る黒打ち包丁に出会い、その切れ味と手仕事の力強さに魅了されたことが出発点でした。一方で、優れた技術を持ちながら職人の高齢化や後継者不足が進み、産地そのものの存続が危ぶまれている現実も知ります。「この包丁をもっと多くの人に使ってもらい、職人が誇りを持って仕事を続けられる環境をつくりたい」という思いから、販売を始めました。高知の現場を知る中で、技術のある職人がいても、売り方や伝え方が十分でなければ仕事として持続しないという現実を強く感じたことも、経営・マーケティング支援に携わってきた経験を地域のものづくりのために使いたいと考え、店舗という形で直接お客様へ伝えることを決めた理由です。
黒打ち包丁一式
「和包丁=高価な工芸品」への違和感
高品質な日本の手仕事でありながら、作り手や製法の背景が十分に伝わらず、「和包丁=高価な工芸品」として一括りにされていることに違和感があったといいます。土佐包丁には、実用品として使い込まれてきた合理性と、一本一本に職人の手跡が残る魅力があります。その価値を、価格だけでなく背景も含めて伝えたい――そんな考えから、由宗刃物のものづくりは始まっています。
高知・土佐という土地
主にご紹介している土佐包丁の産地・高知県は、山林資源に恵まれ、古くから林業や農業で使う刃物づくりが発達した地域です。土佐打刃物は400年以上の歴史を持つとされ、実用性を重んじた自由鍛造の文化が今も受け継がれています。山仕事や農作業に必要な多種多様な刃物を少量ずつ作る文化が育ってきたことから、型に頼らず鍛造で形を作る「自由鍛造」の技術が発達しました。華美な装飾よりも「よく切れ、丈夫で、使いやすい」という実用性が根底にあり、現在の包丁にも、その土地の実用本位のものづくりの精神が受け継がれています。
「使うことで、日本の鍛冶文化を未来につなぐ包丁」
由宗刃物が一番伝えたい価値は、「使うことで、日本の鍛冶文化を未来につなぐ包丁」という一言に集約されます。優れた切れ味を日々の料理で楽しんでいただくことが、そのまま職人の仕事と技術継承を支えることにつながる。そんな商品でありたいと考えています。よく切れる包丁は、料理を「作業」から「楽しみ」に変えてくれます。食材をきれいに切る気持ちよさ、料理が少し上手になったように感じる喜び、一本の道具を手入れしながら長く使う愛着、そして切れ味のよい包丁で切った食材の美味しさ。毎日の台所に、そうした小さな豊かさを届けたいと考えています。
「作り手にも、使い手にも誠実であること」
ものづくりで大切にしているのは、「作り手にも、使い手にも誠実であること」です。見た目やブランドイメージだけで価値をつくるのではなく、鋼材、鍛造、熱処理、研ぎといった本質的な品質を大切にし、その背景をできるだけ正直に伝えています。職人の技術を正当に評価し、持続可能な仕事として次世代につないでいくこと。特に土佐の黒打ち包丁については、作り手と近い距離で取り組み、中間流通を原則介さない工場直営・直販の形で、品質と価格のバランスを大切にしています。
青紙鋼と、一人の職人が仕上げる自由鍛造
由宗刃物が主力とする土佐包丁は、青紙鋼と呼ばれる最高級高炭素鋼を使用しています。鋼はステンレスに比べて錆への配慮が必要ですが、非常に鋭い刃がつき、研ぎ直しながら長く使えるのが魅力。青紙鋼は対錆性に優れ、刃持ちがよいのも特徴です。用途やお客様の使い方に応じて、鋼材や刃の形状を提案しています。
土佐包丁の大きな特徴は、一本の包丁を一人の鍛冶職人が鍛造から成形、焼き入れ、仕上げまで一貫して手がけることが多い点です。約1,000℃に熱した鋼を叩き、厚みや形を整えていく自由鍛造により、同じ規格でも一本一本にわずかな個性が生まれます。工業製品にはない「人の手の跡」が残ることが魅力です。
数日から一週間。工程の一つひとつに宿る判断
包丁は、鋼材の準備、鍛造、成形、焼き入れ・焼き戻し、研削、刃付け、柄付けなど多くの工程を経て完成します。通常、数日から一週間程度を要しますが、製品や職人によって工程や所要時間は異なり、一つひとつの工程に経験と判断が必要で、大量生産品のように単純に時間だけでは測れない手間がかかっています。特に神経を使うのは、鍛造後の熱処理と刃付けです。鋼は温度や加熱・冷却の条件によって硬さや粘りが変わるため、職人の経験が品質を大きく左右します。最終的な刃付けでは、切れ味と刃持ち、欠けにくさのバランスを見ながら一本ずつ仕上げます。
ベルトハンマーや炉、金床、各種の研磨機・砥石など、昔ながらの道具と現代の設備を組み合わせて作られていますが、中でも重要なのは道具そのものより、それを使う職人の経験です。火の色や鋼の状態を目で見て判断し、叩く強さや角度を変える感覚は、長年の積み重ねによって身につくものだといいます。
商品の魅力を3つ挙げると
由宗刃物の一番の魅力を3つ挙げるとすれば、次の通りです。高炭素鋼ならではの鋭い切れ味。一本一本を職人が鍛える手仕事ならではの個性。そして、研ぎ直しながら長く使え、使うことが産地の技術継承にもつながること。三徳、舟行、切付・文化は肉・魚・野菜に幅広く、菜切は野菜、牛刀は肉や大きな食材など、それぞれの形状に合った使い方があります。高炭素鋼の包丁は使用後すぐに洗って水分を拭き取ること、切れ味が落ちたら砥石で研ぎ直すことが、長く付き合うポイントです。
贈りものとしても
料理が好きな方への贈りもの、新生活や結婚のお祝い、節目の記念品としてもおすすめです。「日本らしいものを、実際に日常で使ってほしい」という気持ちを込めた海外の方への贈答品にも適しており、由宗刃物では名入れにも対応しています。
展示品(磨きダマスカス)一式
海外のお客様から届く声
海外のお客様からは、「日本で買った物の中で一番思い出に残る買い物になった」「職人が作った背景まで知って選べたのが良かった」といった声が届くことがあるといいます。単に商品を購入するだけでなく、作り手や産地の物語ごと持ち帰ってもらえることを嬉しく感じているそうです。日本旅行の記念品としてではなく、「帰国後、毎日使う道具」として選ばれる方も多く、複数の刃型や鋼材を使い分けながら、自分に合った一本を育てていく楽しみを見つける方もいます。リピーターの方に共通するのは、切れ味の良さに加え、鋼材や刃型の違いを知るほど次の一本が欲しくなる点。研ぎ直すことで切れ味がよみがえり長く使えるため「使い捨てではない道具」として愛着を持ってもらえること、そして直営店ならではの専門的なアドバイスと手頃な価格も、支持される理由の一つだといいます。
適正な価格と、持続可能な仕組みをつくる
開発・販売において最も大きな課題だったのは、優れた技術を持つ職人の商品を、持続可能な価格と販売量で市場につなぐことでした。「伝統工芸だから高価であるべき」「安ければよい」という二択ではなく、職人に適正な仕事が戻り、お客様にも納得して選んでもらえる仕組みが必要です。作り手と直接連携し、店舗で背景まで丁寧に説明する販売方法を積み重ねてきました。
開店当初は、鋼材名や製法など専門的な情報を詳しく伝えようとするほど、初めて和包丁を選ぶお客様には難しく感じられることがあったといいます。そこで、用途・手入れのしやすさ・切れ味といったお客様目線から説明し、そのうえで職人や産地の背景を伝える接客へと改善してきました。効率だけを考えれば、売れ筋の商品に絞り、背景説明を少なくする方が簡単です。それでも由宗刃物では、一本一本の違いや職人、鋼材、手入れ方法までできる限り丁寧に説明することを大切にし、時間がかかっても、お客様が納得して「自分の一本」を選べることを優先しています。
これから目指す先
今後は、土佐の鍛冶職人やメーカーとさらに連携を深め、国内だけでなく海外へも販路を広げたいと考えています。また、包丁を販売するだけでなく、研ぎやメンテナンス、職人の仕事を知る機会などを通じて、購入後も長く日本の刃物文化と付き合ってもらえる取り組みを広げたいといいます。目指しているのは、鍛冶職人の地位が向上し、「この仕事を次の世代にも継がせたい」と思える産業にすること。良い技術が、後継者不足や販路不足だけを理由に失われないよう、世界中の使い手と産地をつなぎ、職人の技術と仕事が継続する市場をつくっていきたいと考えています。
読者の方へ
土佐包丁は、飾って眺めるための工芸品ではなく、毎日の料理で使ってこそ良さが分かる道具です。一本一本に少しずつ表情の違いがあり、使い、研ぎ、手入れを重ねるほど自分の道具になっていきます。ぜひ気負わず手に取り、その切れ味と手仕事の温かさを日々の料理の中で感じてください。一本の包丁の背景に、400年以上続く土佐の刃物文化と、今も火と鋼に向き合う鍛冶職人の仕事があること。そして、包丁を選び使うこと自体が、その技術を次の世代へ残す小さな支援につながっていることを、知っていただけたら嬉しく思います。
※由宗刃物は、現在ENGAWA STOREオンラインストアではまだお取り扱いがございません。ENGAWA ASAKUSAにてご購入いただけます。